幼い頃から料理や食卓を取り囲む空気が好きでした。とりわけ、家で食べる食事は、大人になった今になっても、どこの国にいても、格別なものだと感じます。

母はとても料理上手で、毎日工夫を凝らした料理をつくってくれました。我が家は大家族ではありませんでしたが、記念日でなくても食卓にはいつも食べきれないほどたくさんの料理が並びました。日々、目に飛び込んでくる素材の色や輪郭に心が躍り、口に運ぶと、味や香り、食感など、様々な感覚が自分の中に流れ込んでいくのです。そうやって、ずっと、私は母の料理を愛して育ちました。
 
母が学生時代に通っていた料理教室のノートや、母の持っていた料理本をめくるのも好きで、食べたことのない料理に想像を膨らませる楽しみを知りました。あの頃から、私にとって、レシピと向き合う時間は小説を読むのと同じくらい、濃密なものとなっていったのです。

中学生になると、初めて買ってもらった本格的なイタリア料理の本を見て、仲のよい友達と二人でフルコースの料理に挑戦しました。一から自分たちでつくり、食べ、ああ、これはおいしくできたな、これはもっとこうしたらよかったのかな、と考える。つくってもらったものを食べるだけでは味わうことのできない、楽しさや悔しさ。それが糧になり、私はますます料理の虜になりました。

気がつけば頭の中はいつも料理のことでいっぱいで、私はいつしか料理の道に進みたいと思うようになりました。大学生になった私に、母は、“女の子は好きなことを見つけて、手に職をつけるといいわよ。”と言いました。とても器用で料理はもちろん、なんでも上手にこなせるのに、主婦として家から出ることのなかった母が、私に夢を託したのかもしれません。

ただ、当時の私は、料理を仕事にしたいという気持ちよりも、とにかく料理が好きで好きで、ただひたすらもっと料理に触れてみたい、という気持ちでいっぱいでした。だから、まずは自分の知らない世界に飛び込み、じっくりと学んでみよう、そんな思いで大学を卒業するとすぐにイタリアへ渡りました。

イタリアでは、たくさんのかけがえのない人々との出会いがありました。料理を学ぶために訪れた国で、私が得た何よりもの財産は人々のぬくもりでした。遠い国から突然やってきた私のことを、みな家族の一員として受け入れてくれました。日々、一緒に食卓を囲みながら、彼らと同じものを食べる。そうすることで初めて、料理の本や料理学校では得ることのできない、本当の意味でのイタリア料理への理解を得ることができたのです。
 
私は料理を初めて学んだ場所が、イタリアであったことをとても幸運だと思っています。イタリアの人々の温かさや、恵まれた風土から生まれる食材のおいしさはもちろんですが、イタリアの多くの料理が主の食材のほかは、ほとんどオリーブ油と塩だけで成り立っているということに、感銘を受けました。

イタリア料理の味つけ、火の通し方、そして、生活の中での料理のあり方、人々が食卓を囲む姿勢。様々なことが、私の料理の世界をぐんと広げてくれたのです。

イタリアから東京へ戻り、料理教室を開いて15年。熊本に越し、taishojiで料理教室を開いて5年が経ちました。毎月、献立を考えてレシピをつくるという行為は東京でも熊本でも変わりはありません。しかし、熊本では一年を通して野菜や果物が豊富につくられており、海からは海産物が、山からは乳製品が届きます。素材と料理がとても近い関係にあるため、“これをつくるからあれを手に入れる”のではなく、“これがあるからあれをつくろう”、そうやって日々の料理が成り立つということは、なんと幸せなことでしょうか。

また、私の暮らす泰勝寺の庭は、山菜、野草、果実など、四季折々の野の恵みに溢れています。

季節の味は一瞬のうちにうつろっていきます。昨日まで市場に並んでいた野菜が、今日はもうない、ということもしばしばです。庭に生える小さくて柔らかな野草は、あっという間に大きく、硬く育ってしまいます。だから、その瞬間を逃さずに皿に盛ることこそが、私に託された使命だと感じています。

料理教室は、素材を見るところから始まり、料理の成り立ちを目で追い、香りや色、音までを感じながら、最後に器に盛られたものを“おいしく”味わっていただく場所です。

動画料理教室でご紹介する料理は、毎月の料理教室でつくるものと内容は基本的には同じです。ただ、実際に近くで食材を見たり、できあがった料理を食べていただくことができない分、工夫を凝らしています。手元の動作がわかりやすいように撮影をし、お送りするレシピは、料理教室でお配りしているものに、教室中にお話することはもちろん、本や教室でもお伝えしきれなかったこともあわせて書き加えてあります。
 
動画だけで雰囲気を楽しんでいただくのも、レシピと合わせて繰り返し見ていただきながら、実際に料理をつくってみるのもよいと思います。それぞれが自由に、料理と触れ、心豊かな時間を作る助けになれば何よりです。

料理は誰にでも平等に与えられた、日々の暮らしの中で最も創造的な行為です。

料理のもたらす幸福がいつもみなさんとともにありますように。

細川亜衣

プロフィール
細川亜衣 Ai Hosokawa
1972年生まれ。料理家。
熊本 taishoji (www.taishoji.com)にて、料理教室や展示会を主宰する傍ら、国内外で食材や工芸作家の器を主題とした料理会を行なっている。
著書に『料理集・定番』(アノニマスタジオ)、『旅と料理』(cccメディアハウス)、『taishoji cookbook 1・2』(晶文社)など。
Instagram
 @hosokawaai(日々の暮らし、各種イベントの告知など)
 @camellia.aihosokawa(料理教室、ひらめき料理、定番、食材など)

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[動画内で使っている食材や器、エプロンの入手先]
静心オンラインショップ(食材、調味料、器、エプロンなど)
shizugokoro.com
カーサモリミ(イタリア食材)
www.casamorimi.co.jp

photography: 在本彌生(yayoi arimoto)
cinematography: 白木世志一(yoshikazu shiraki)